ちょみさんの保管庫

保管庫は保管庫。SSとかくっだらない評論とかのね。

SS 駅の出会いは一瞬で (改稿後)

下車駅到着のアナウンスが流れる。いつもであれば、僕はそそくさと荷物をまとめて席を立つのだが、今はそうしていない。

  列車を降り、他の客が駅舎を出て、列車もホームを離れていく。その時を見計らってホームにあるベンチを見る。

「今日もお疲れさま。明日で平日は最後よ。がんばって。」

出会って間もないながらも、体長15cmの小さい少女はいつものように僕に声をかける。

 彼女と出会った月曜日を少し思い出してみる。 いつものようにそそくさと荷物をまとめ、ドア前に待機して、運転士に定期券を見せ列車から飛び降りた。僕は鉄道が好きだ。いつも乗降する駅であれども、ホームや列車の様子を観察してしまう。列車を降りるのが早いのも、観察する時間を多くとるためだ。しかし、この日はそれができなかった。ベンチの上に立つ彼女と目があったのだ。

「こんばんは。貴方、私が見えているみたいね。私が見える人間は久しぶりだわ。ちょっとお話につきあって頂戴。」

無人駅ながらも、それなりに人が乗降し、騒がしいはずのホームでも彼女の声はしっかりと聞こえた。他の客が駅舎を出て静まり返ったので、彼女とコミニュケーションをとり始める。

「驚いてるみたいね。でも仕方ないわ、わたしはこんなのですもの。」

彼女は飛び上がって宙に浮き、両手を広げて自分の小ささをアピールする。どこか古風…だいたい明治大正時代の富裕層みたいな服装をしていて、髪は長く黒く輝いているように見えた。可愛い顔立ちではあるが、声が低めなせいかおっとりとした印象を与えてくる。

「私は…そうね。妖精と思ってくれて良いわ。」

「妖精…ね。」

非科学的なものは漠然と信じる僕であっても、非科学的過ぎてなかなか信じきれない。尚且つ、夏の暑さに加えて、今年は受験の年であるため、勉強のせいで月曜日であるのに満身創痍だった。故に脳が処理を拒んでいた。病院にいった方が良いな…と考えていたが、そんな考えはすぐに消えることになった。

「掌を出して。」

言われた通りに掌を差し出す。すると、彼女はその上に降り立った。物が乗っている感触が確かにある。そっと彼女に触ってみた。やはり、布の感触、肌の弾力が感じられる。僕はもう、信じる他なかった。

 私がするスマホアプリに、これまた小さなアンドロイドと協力して駅の思い出を集めるゲームがある。言うまでもなくフィクションだ。しかし目の前にいる彼女は実際に居る。また、フィクションの方はアンドロイドであり、現実の方は妖精。フィクションの方は未来の鉄道を守るために居るが、彼女は、

「私の存在理由?わからないわ。それに私、いつからここに居るのかわからないもの。」

と言っていた。いつからここに居るかわからないということは、"最初"がわからないほど長い間存在していたのだろう。だが、人間にはそれほど興味がないらしく、列車に乗り降りする人間は見ていても、顔は言葉を交わした人間しか覚えていないし、前に言葉を交わした人間の顔も今はおぼろげにしか覚えていないと、昨日だったか一昨日に言っていた。

 「どうしたの?」

そんなに難しい顔をしていたのだろうか。衝撃的な出会いの事や色々なことを思い起こしていた時、不意に彼女が聞いてくる。

「うん?いや、君と出会ったときの事を思い出していただけさ。」

「いやだわ。数日前の事とはいえ昔の話をしていちゃ歳を取っているみたいじゃない。」

不満そうに訴えてくる。僕はともかくこの妖精は本当に歳をとっている可能性はあるだろ。と思ったのは内緒にしなくてはならないな。

「そろそろ花火の時期ね。」

「今週末だね。やっぱり楽しみなのかい?」

駅に縛られている彼女は駅の中しか動けない。この駅から見られる一番の娯楽と言えば、すぐそこの河川敷で行われる納涼花火大会だろう。

「もちろんよ。夜空に咲く花はとても美しいわ。最近は面白い形の花を咲かせるものもあるわね。」

「確かに思うよ。年々豪華になっている気がする。間近で見てもらいたいけど、駅から出られないのが残念だ。」

「わたしは良いのよ…ここででも楽しめるもの。」

「そうか…。まあでも、ここも確かに良い鑑賞場所だと思う。」

「ふふっ。ありがとう。でもさっきのは聞かなかったことにして。やっぱり私も、間近で見たいわ。」

諦めたような笑いを浮かべながら叶わぬ願いを呟く彼女。残念ながら、僕には何もできない。だったら。

「そうだ。間近では見られないけど、今年は僕と一緒に見ないか?もっとも、その日まで君を認識できるかはわからないけど…」

「良いわね。楽しみにしてるわ。多分だけど、あなたはその日までは間違いなく私と言葉を交わせると思うわ。」

そう、不安なのは、いつまで僕は彼女を認識できるかだ。

 不安とは裏腹に、花火大会の日も彼女を見ることができた。

次の下り列車を待つと言う名目で、本来は禁止されている駅のホームにある跨線橋で鑑賞をする。予想外にも同じ思惑で来ている人は居なかった。

「ここでこうして誰かと花火を見るのは初めてだわ。誰かと話しながら花火を見るのは良いわね。」

「楽しめて何より。今年も綺麗だな。」

「そうねぇ。」

そう言いながら跨線橋に立ち、花火を見上げる彼女は、どこか寂しげだった。

僕は彼女が寂しげにしている理由がなんとなくわかっていた。

大きな音を出して咲く、夜空に輝く無数の色とりどりの華。僕達はそれに魅入っていたからだろうか。お互いに言葉を交わさなかった。

「今年も綺麗だった。また来年も一緒にみたいな。」

花火の打ち上げが終わり、露店に照らされた煙だけが夜空に浮かぶのを見ながら、僕は彼女に声をかけた。しかし、声が返ってくることはなかった。

「えっ…あっ…。」

彼女が居るはずの場所を見るが、そこには何もなかった。しかし、彼女は確かにそこに居る筈だ。なんとなくではあるが、気配がある気がする。

「おいっ!えっと…。」

彼女を呼ぼうとする。でも、僕は彼女の名前を知らなかった。1週間、親しげに話していた、大切な友人だったのにーー

「ううっ、ひぐっ、」

気がつくと、嗚咽を上げて涙を流していた。


 「今年も綺麗だった。また来年も一緒にみたいな。」

彼がそう言う。

「ええ、来年も。」

私はそう答えた。確かに答えた。でも、彼には私の声が聞こえていなかったようで、焦ったようにこちらを見る。その目は、私を捉えていなかった。

「どうしたの?私はここに居るわ。驚かさないで頂戴。」

「おいっ!えっと…。」

やっと私は気がついた。彼は…私と言葉を交わした大切な友人は、私を認識できなくなっている。

「私…彼に名前を伝えていないわ。この数日間、仲良く言葉を交わしたのに…。」

そして、私も彼の名を聞いていない。

「あら…雨かしら…。」

頬を流れるものが雨ではないことは、声に出てしまう前からわかっていた。

「ううっ、ひぐっ、」

彼も泣いている。どうしましょう。私も涙が止まらないわ…。

「大丈夫、大丈夫よ…。」

彼が私を認識できなくなってしまっても、また彼と親しくなる前の日常に戻るだけよ。貴方も、私のことは夢だと思って忘れてほしいわ。だって、私と出会うまではそれが日常だったのですもの…。だから、大丈夫なの…。


 僕はこの1週間、彼女の存在理由も、なぜ僕にだけ見えるのかも、名前もわからないままだった。今わかっているのは…大切な友人を失ってしまった哀しみが、僕を支配していることだけだ。いつかこうなると、覚悟していた筈なのに。

 花火大会が終わり、徐々に喧騒が近づいてくる。すすり泣く自分の声は、次第に聞こえなくなっていった。

「さようなら…。」

嗚咽を我慢し、なんとか別れの言葉を発した。これ以上、僕は言葉を紡げず、逃げるようにして去ってしまった。


「さようなら…。」

彼はそう言って立ち去った。

「ええ、さようなら…。」

泣いていたこともあり、少し声が震えてしまう。

「独りには、慣れていた筈なのにね…」

私にしか聞こえなくなった声が、寂しさを増やしていった。


 僕は無事大学に進み、課題に追われながらも、友人に恵まれ、教授もいい人ばかりで楽しく過ごせている。

「ちくしょう…課題がこんなに厄介でなければ、もう少し早く帰れたんだがなぁ…。」

ボヤいてしまう。でも、花火が見られるだけましかな。と、心の中で付け足す。

 今日は月曜日。夏の月曜日にこの路線か。去年のあの懐かしい、夢のような出来事を思い出す。彼女はまだ居るのだろうか。

本来は土日の間に帰りたかったが、課題の量にやられてしまった。尤も、先延ばしにしていた自分のせいではあるのだが。なんとか終わる見通しがたったため、遅めの帰省だ。なんで先延ばしにしたのかなぁ。僕はバカだなぁ。そう考えながら運転士に切符を渡し、列車を降りる。久しぶりの地元だ。少しばかり、写真を撮ってみようか。

「お帰りなさい。久しぶりね。」

写真を撮り終えた後、そう声をかけたのは家族ではなく、小さな、大切な友人だった。

「ああ、久しぶりだな――」

あのとき、僕は涙を流して去ってしまった。しかし、また会えるのではないか。という気持ちはずっとあった。そのお陰か、あまり驚かずに返事の語句を述べられた。

彼女は少々驚いている。きっと、あまり期待はしていなかったのだろう。そして、僕は言葉を続ける。

「――また会えて嬉しいよ。」

多分、彼女もそう思ってるはずだ。